特別展 縄文 1万年の美の鼓動

木の枝

見てきた展覧会のお話です。(写真は関係ありません)

上野で藤田嗣治展の次に見たもうひとつの展覧会、特別展 縄文 1万年の美の鼓動 です。

何しろ縄文好きですので、展覧会の情報を聞きつけた時から楽しみにしていたのです。

MIHOMUSEUMで見た土偶・コスモス展 を見た時には「私はこの縄文時代の方が楽しく生きられたんじゃないのか」と思ったりしたものです。

今回の展示は土偶は少なめでしたが、歴史の教科書などでおなじみの火焔型土器など、見事な造形を堪能できる展覧会でした。

展示されている作品(と呼ぶべきか迷いますが)を一点ずつ丹念に見て、その形や意匠に驚嘆しながら、「これを作った人が一万年ほど前に、本当にいたのだ」という事に不思議な気持ちがしていました。

更に、一万年も前の土器がこうして美しい形のまま残っている事にも「どうしてそんな事が可能なの??」と目の前にあるものを本当とは思われないような思いで見ていました。

これを発掘してこうして展示できるというのは、考古学に携わっている方々のお仕事のおかげなのでしょう。まことにありがたいことです。

縄文時代の人たちは、主に狩猟などで生きていたのだそうです。

農耕が始まる前の、獲物を追って移動する暮らしは、楽ではなかったかもしれないけれども、自由で大らかな世界だったかもしれないと思います。

獲物がとれなければ飢えて命を落とすというハイリスクな生き方は、感覚を常に研ぎ澄ませている必要があったのかもしれません。その感覚の鋭さが、この美しくて大胆で躍動感のある造形に表れてきているのだろうか、と思いました。

定住して文明に助けられてのうのうと生きている今の私が、そりゃあこんな凄いものを作れやしないわよねぇと、少々がっかりしながらも、でもその凄いものをこうしてエアコンの効いた場所でじっくり鑑賞できるのは文明のおかげなのよねぇと、自分を納得させながらゆっくりと見て回りました。

平日の午後でしたが、館内はそれなりに混雑していました。高校生くらいの女性が「ちょーこれマジやばくねー?」などと言いながら土器に驚いている姿を見て「これを作った人はまさか自分が作ったものが一万数千年後にガラスケースに展示されて、こんな言葉で称賛されようとは夢にも思わなかっただろうなぁ」と想像してこっそり楽しんでいました。

展示室は広く、点数も多いので、見て回るのは少々くたびれましたが、ところどころに座れるスペースが設けてありました。

夏休みには混雑する事と思います。出来れば平日の午前中にいらっしゃる事をおすすめします。

特別展 縄文 1万年の美の鼓動