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手を動かして心を鎮める(中村哲氏の訃報に)

昨日はずっと家で作業をしていました。
作業をしながら、少し疲れたらお茶を飲んでタブレットを開いてtwitterなどを見ます。
夕方に、とてもショックなニュースを目にして、しばらく動揺がおさまりませんでした。

アフガニスタンで活動をされていた中村哲氏が亡くなられたというニュースです。

初めに見た情報が「命に別状なし」だったので、
後に出た情報が誤報なのでは、誤報であって欲しいと、
情報をひたすら探してしまったりもしました。
悲しいよりも悔しいの気持ちが強く湧いてきて、居てもたってもいられない。
そんな状態でした。

ネットを離れて、半襟を作る準備をしているうちに、心が鎮まってきました。
私にとっては、手を動かしてものを作る事が心にとっての一番の薬です。

中村哲氏の事は有名ですから、ここで私がどうこう書く必要もありません。
京都へ講演を聴きに行ったりもしました。
ほんとうに尊敬していました。

中村哲氏の肩書は、「医師」でしょう。
されていたお仕事は、「人の命を救う事」でした。
「医師」=「人の命を救う」のは本当ですが、
異国で井戸を掘るところまでする医師は、そう多くはないでしょう。
(そうしない人を責めてはおりません。普通です)

つまり「医師」というカテゴリーが重要なのではなく、
「人の命を救う」という本質が重要だったと、そういう事なのではないかと思うのです。
それが仕事というものだと、そう教えて頂いたと感じます。

私は型染のものを作ったり、イラストやマンガを描いたりしているだけで
とても「世界平和」や「愛」などを口に出来るほどの大きな仕事は出来ません。
日常の積み重ねが平和へ続く事はよくわかっているつもりです。
目の前の事を丁寧に大切にしてゆく事で世界を作っていく。
凡人のやり方です。
人間ですから、心が荒れる事もあります。自分を責め苛む事もあります。
他者に石を投げる事もあります。
とても苦しいです。
それでも、自分の中にそれがある事を引き受けた上でしか、
「平和」を希求する事は出来ないと信念があります。
壊れた自分を立て直して、どうにかこうにか日常を重ねてゆくのです。

型を彫ったり線を描いたりしていると、いつのまにか心が鎮まっています。
鎮まった自分で作ったものを、人さまに使って頂ける。
ものを作る者であることが、とてもありがたいです。

「医師」の本質にある「人の命を救う」を生きた中村哲氏。
私は「ものを作る」の本質にある何を目指しているのか、
まだわかっていません。わからないままやっていけば良いとも思います。
わかった時が「あがり」なのかもしれません。