自然というもの

昨日の夜遅くに、新潟や山形方面で大きな地震が起きて
こんな時間に!とびっくりしながらtwitterを見ていましたが
動きが重たくなったので、無関係な私がタイムラインの負担になっていると感じて
離れました。

揺れが大きかった地域に今日は雨が降っているとのこと。
以前も大きな災害が起きた場所に、よりによってこの時に雪や雨や台風がと、
いたたまれない思いをしました。
そういう時につい頭に浮かんでしまうのは「無慈悲」という言葉です。
酷い思いをしている所に追い打ちをかけるような真似を、と思ってしまうのは、
それでも人間が考える事でしかなく、自然はたくさんのものを与えてくれるけれども
慈悲とは無関係なのです。

それを酷いと感じるか、そうであるからこそ自然なのだととらえるか。
災害のたびに心が騒いでも、そこに慈悲を求めるのはやっぱり違う。
私はそう思います。
慈悲は人間が作った概念のようなもので、それと無関係であるからこそ自然は美しいのだと。
繰り返し試されているという気がしています。