手仕事は瞑想の時間

琵琶湖の夕方 ワークショップ

今日は満月ですね。

写真は先日の夕方に撮った琵琶湖の上に昇ったお月さまです。

 

型染ワークショップの告知をtwitterにbotでツイートをしているのですが、

このところ、「手仕事は瞑想の時間」という言葉に反応を頂く事が増えています。

型染ワークショップツイート

 

型染ワークショップのページでも同じ言葉を使っているのですが、

これは私自身の実感から出てきた言葉です。

日常色々な事があって、気持ちが荒れることもありますし、

また嬉しい事があって気持ちが落ち着かないこともあります。

そういう時に、騒ぐ自分の心に翻弄され続けるのはエネルギーの無駄遣いですし

心を騒がせ続けていることで、自分の身に起きる事も荒れてしまいます。

騒いでいる心のままでも、とにかく道具を出して、生地を広げて、刷毛に顔料をつけて、

型の上から色を置いてゆく作業を始めます。

にじまないように、はみださないように、ムラにならないようにと

その事に意識を向けて手を動かしていくうちに、心はからっぽになっていって

先ほどまで荒れ騒いでいたあれは何だったのだろうかとすっかり忘れてしまったりします。

手を動かし続ける単純作業であり、意識をそこに集中しなければならない作業である事が

この「瞑想」効果をつくってくれるのだろうと思います。

 

今の自分に出来る以上のものを作ろう、とか

他の人のよりも「良いと言われそうなもの」を作ろう、とか

そういう「別の意識」があると、この瞑想効果はやってきません。

ただそれをやり続ける。いまの自分でそれをやる。

ワークショップの場合は、少々の失敗も気にしない、という事をおすすめしています。

特にプチストールをつくるマインドフルネスなワークショップは、

小さな点にひたすら色を入れてゆく作業ですので、少し顔料がにじんだりしても、

全体の出来上がりを見るとあまり問題がないのです。

そして、少しのにじみが出た時の自分の心をそのまま受け止めて欲しい、と思います。

その時の自分が生地に残っていて、それを日常で使う時に「愛しいなぁ」と感じるなら、

それはワークショップの時間だけでなく、

ずっと瞑想の時間を持ち続けられること、自分の内側を大切に出来ることに

つながると思うのです。

瞑想というのは、つまりは自分そのものと出会うということです。

外側に振り回されるのではなく、本来の自分に出会って、それを愛しんで

その自分で生きてゆく。

ラッキーを引き寄せるためとかビジネスに役立つとか、

そういう方向で瞑想がもてはやされている雰囲気がありますが

私はそれを横目で見つつ「いや違うと思う・・・」と感じておりました。

外側の余計なものを捨てて、本来の自分になって、そのままで生きてゆくことで

その結果として、自分の身に起きてくることが「自分の心にかなっている」ものになる。

そういう事なのではないかと思います。

 

よろしければ、心を鎮めにワークショップへお越しくださいませ。

型染ワークショップ

 

コメント

タイトルとURLをコピーしました