型染版画・母と子02

ダライ・ラマ法王のお話を聴きました

先週末の事ですが、ダライ・ラマ法王の観音菩薩灌頂伝授会をYouTubeで観ました。
数日前にたまたまTwitterに流れて来た情報を見て、これは今の私に必要かもしれないと、
カレンダーに大きく予定を書き込んで楽しみにしておりました。

インドのダラムサラまで行かなくても、こうして自宅でネットでありがたい法話を視聴できるとは、
本当に良い時代になりました。
ダライ・ラマ法王の事を初めて知ったのは、30年ほど前に見た映画「地球交響曲第二番」でした。
それまでチベット仏教の事も知らず、そもそもチベットを名前だけしか知らず、
何があって今どうなっているのかかも知らずに生きておりましたので、
映像で見るダラムサラとダライ・ラマ法王に一度で魅了されてしまいました。
(「地球交響曲」に登場される方は皆さま魅力的な方なのです)
ダラムサラへ行きたいと思い詰めるほどでした(笑)

その後に自伝を読んで衝撃を受けて、その頃からずっと法王のファンなのです。
(ファンとは随分と軽々しい言葉ですが・・・信者とはとても言えないレベルですので)

先週末の灌頂では初日に、どういう儀式なのかについての説明がありました。
その中で、儀式を始める前に「悪いものを祓う」という過程があるのを、
法王は「私はこれをしないようにしている」と仰いました。

「生きとし生けるすべてのものの平和を祈ると言っておきながら、
 ”悪いもの”は追い払うというのは、何かおかしい」

いつものチャーミングな笑顔でそのように語られました。

魔の力を追い払う、汚れを祓う、などなど、
宗教やスピリチュアルの世界にはごく当たり前にある考え方ですが、
法王はそこに”違和感がある”としてそれを採用されない、そういう事と私は受け取りました。
生きとし生けるものの中に「魔」や「邪」や「悪」とされるものがあるのを受け入れた上で、
そこに飲まれない自分であること、そこに飲まれた者を救うこと、私がするのはそれであると
ユーモアを交えてさりげなく宣言されたように感じました。

私はこの言葉にとても救われました。
疫病のためばかりではなく、世界は大変化の時を迎えていて、溜まった膿が噴き出して来ています。
世界ばかりではなく個人の中でも相当な事が起きているところでしょう、もちろん私自身もです。
世界にも自分の中にも、こんな物凄い膿があったかと驚いたりうんざりしたりしながら、
出て来たものひとつずつに向き合って洗って、それがある事を受け入れて生きてゆく。
そんな作業を根気強く続けながら変容して行っているところだろうと思います。

悪や闇に落ちたものをさっさと切り捨てると言ってしまえば、すっきりとカッコよさそうですが、
切り捨てたものは消えるわけではなく、見えないところで大きくなってしまったりします。

世界と人の中にあるどのようなものも全てが「慈悲」の対象であると語られた法王の言葉は
人を根底から救う力があります。

6月5日にもネット中継があるようです。公式ウェブサイトをご覧ください。
https://www.dalailamajapanese.com/