自分のやり方で仕事をする

このところ私的読書ブームが久々に到来して色々読んでおります。

なかでも効いたのがこの本。

村上春樹著『職業としての小説家』

この方の小説もエッセイも(全部じゃありませんが)読んでいて

独自のスタイルと立ち位置を守っておられるところがとても気に入っております。

最初の作品『風の歌に聴け』が出来上がっていく過程はとても興味深く、読んでいてわくわくしました。

始めはいわゆる「小説を書くやり方」に従って、万年筆と原稿用紙でそれらしく書いたのだけれども、出来上がったものがどうにも面白くない。

そのやり方で書いていても自分も楽しくない。

そこで「どうせうまい小説なんて書けないんだ、既成概念を捨てて、感じたこと、頭に浮かんだことを好きに自由に書いてみればいい」

と視点を変えて、万年筆と原稿用紙という従来の方法をやめて、英文タイプライターで英語で書くという「普通じゃないこと」をやってみたのです。

そうすることで文章はシンプルになり、何も難しい言葉を並べなくても、人を感心させるような美しい表現をしなくてもいいのだ、と発見し、その英文を日本語に翻訳することで独自の文体を作り上げたということです。

このやり方が普通だ、とされている方法に従ってみても良いものが出来ない、という時に、

それでもそのやり方で頑張ってみるか

考え方を切り替えて自分のやり方を模索していくか

人それぞれだとは思うのですが

肝心なのは「自分がその方法をとってみて楽しいか」

ではないかと思うのです。

この方法が世間では正しい、という事になっているから

それに従って頑張っていれば結果が出せる

というのではたぶん、うまくいかないだろうな、何事も。と思います。

そこには自分がこれをやる、という責任感がちょっと欠けている(ひどい表現ですけど)という気がします。

あのやり方が正しい、って事になってるからそれでやってみたけどうまくいかなかったじゃない、という言い訳も出来てしまったりして。

世間で正しい、と言われているのではない方向へ行くのは

それなりにリスクをとることですし、一人で大海に小船で漕ぎ出すような孤独と恐怖が伴います。

けれども、自分の手で確立した方法は、確固たるものになる、と思います。

そして何より、自分の満足度がおおきい。

自分の満足度がおおきいほうが、世間の満足度もおそらくおおきい、のです。最終的には。(最初は風当たりがきつかったりもするのかもしれないですけど)

村上春樹さんは自分独自の方法を作り上げたことで、たくさんの物語を生み出して、たくさんの人の魂を喜ばせることが出来ました。

「世間のやり方」は参考程度にとどめておいて、

「自分のやり方」でやっていくのが、結局は世間のためになる。

という収穫でした。