作業中のBGMを探す旅の果てOTTAVAに辿り着いたお話・その3

おったーばく

作業中のBGMを探す旅の果てOTTAVAに辿り着いたお話・その1その2の続きです。

作業中に聴くBGMを探していて出会ったOTTAVAを聴くうちにすっかり虜となり、毎日、作業中のみならず家にいる時間ほぼすべてOTTAVA漬けとなって数週間。

音楽を流している時間と人が話している時間があって、プレゼンターなる人たちがお話をしている時間は毎日決まっていて、夜は生放送で毎日違う人がお話をしていて、昼間はその再放送をやっているのだ、ということにだんだんと気がついてきました。

OTTAVA Saloneというタイトルの生番組は、プレゼンターがリスナーから送られてきたリクエストやメッセージをもとに音楽を流したり読み上げたり、という、ラジオ番組としては定番な形式のものですが、扱っている音楽が基本的にはクラシックである、というものです。

※2016年1月に番組の大改編が行われて、現在は生番組がもっと増えて充実しています。

そのプレゼンターとリスナーとの楽しげなやりとりを聴いているうちに、どうやらこのOTTAVAという世界は一度失われて、つい最近そこから復活してきたばかりで、その苦しみを分かち合った人々が苦難を乗り越えた今を共に喜んでいる状況なのだな、とわかってきました。

以前は東京の某大きな放送局の中にあって放送されていたものが、何かの事情で続けられなくなり、自力で放送局を立ち上げて自前のスタジオを作ったばかりであると。

そしてそのスタジオは、リスナーからの支援で実現したのであると。

放送局のスタジオというものを作るのにどれくらいのお金が必要になるものかわかりませんが、大きな放送局との縁がなくなり収入源がない状況からのスタート。なかなか大変な話です。

それをあえてやろうとする動機って一体?と思います。なぜそこまで?と。

儲けが見込める商売で起業するというのとは違うのです。放送局なのですから。

勝算が全くないのに荒海に乗り出した、などという無謀なことではもちろんなく、それなりの目処があってのことなのでしょうが、大変なことにかわりはない。

わざわざそんな事を人がやる時に背景にあるものは、やっぱり「愛」なのかな、と思います。

男女の愛のことではなく、もっと広義の普遍的な愛、のことです。

音楽への愛、放送の送り手と受け手の間にはぐくまれてきた愛、もしかすると音楽によってこの世界をより良い場所にしたい、という愛。などなど。

こういうものが背景にあるとしたら、そりゃあ人はがんばれるものでしょう。

作業中のBGMを探す旅の果て、OTTAVAに辿り着いたお話・その4に続きます。

あら、なんだか聴いてみたくなったわ、という方。

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